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BTSのすてきなところ。韓国ドラマやバラエティ。おしごとのこと。

Agust D/ミン・ユンギは、きっと絶望を知る人だ

 

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痛快というより、もはや爽快である。

 

BTSのラッパー・芸名はSUGAことミン・ユンギが別名義で活動するソロプロジェクト「Agust D」。

5月22日、2作目となるミックステープ『D-2』が発表された。

(ちなみに某社で情報公開に関して盛大なフライングがあった。それに関してはのちにユンギが言及している)

 

その『D-2』でおそらくリード曲でありMVでも公開されているのが、「Daechwita(대취타/大吹打)」だ。

聴いて見て、完全に「やられた」感がある。私はいまこの曲を鬼のようにリピートしている。あえて普段は使わない、躊躇う言葉で書くけれど、クソかっこいい。

 

彼は、やっぱりバッキバキのクリエイターだ。

 

 

 

私にとってユンギは、ストレートな人という印象が強い。インタビューでは嘘をついている感じも見受けられないし、あえて喜ばせようともしないし、けれどファンへの愛と誠意があって、かたや自分をあまりごまかしもしない実直な人。

そして彼が発する言葉の内容はわかりやすくて、例えがうまくて、さらに理路整然としている。

 

もし彼に取材をしてインタビュー後、記事にするために「テープ起こし」をしたらば、彼の言葉はライターの書き手の補足も必要なしに、そのままコピペして鍵カッコ内に使えると思う。

「質問にこたえる」って実はとても難しくて、話がとっちらかったり、逸れたり、感嘆詞が入ったり、聴き手に同意を求めたりもするから、何かしらの修正を記事にするときは必要なものなんだけれど、稀に何の修正も加える必要がないくらいに質問の意図を理解し、相手の求める言葉のみに応えるわけでもなく、自分の言葉で文字にしても整頓された答えを返す人がいる。たぶんユンギはそういうタイプなんじゃないかと、勝手に思う。

 

御多分に漏れずというか、「Daechwita(대취타/大吹打)」の歌詞も、どストレートだ。

それがめちゃくちゃ今、心地がいい。

 

 

昨夜のVLIVE。シングルモルトをストレートで飲みながら、ユンギは饒舌だった。長時間今回のミックステープのビハインドを話してくれたけれど、彼のちょくちょく挟んでくる発言に私は、震えていた。先の某社のフライングへのクレーム制裁もさながらに。

 

*以下、ツイッターから拾わせていただいた意訳であることをお許しくださいませ。

「最近は怒りが薄くなっている」と先に言っていたにも関わらず、「学習しないやつがいる」「そんなやつのことは笑って見ている」と鼻で笑うかのように、吐露……いや、表現が違うか。

「わざと言っている」この人は、やっぱり「伝わらない」ことに苦しんできた人なんだろうか?

 

「ゴキブリがいたら薬みたいなものを置いておく」「(学習しない人は)必ずきて罠を踏む」「この2曲は罠みたいなものです」

 

過去にこんなことがあった。私はある作品を見たときに、無邪気に素直に感想を述べたんだけれど、その作り手に「実は真逆の意見があるんです」「あなたはやっぱりそっちの人ですね」と言われたことがある。

試されたみたいでゾッとする。めちゃくちゃ恐い。

ユンギのそれは、アンチやヘイトに対しての発言でもあると予想はするけれど、おそらく彼は人を見極める人でもあると思う。

 

ちなみに、これを特に言いたかったのだけれど、ユンギはめちゃくちゃに「絶望」を知っている人だと思う。この自粛期間中に彼は驚くほどの更新頻度で、あらゆる手段でファンの前に顔をだしてくれた。

もしかしたら事務所都合もあってか『D-2』を発表したのかもしれないと、性格が悪い私は邪推もしちゃうけれど、でもそれだってきっとそうだ。彼みたいに「痛み」と「孤独の時間」を知っている人こそ、この未曾有の最中、誰かが絶望しないようにと、アクションをくれていたのだ。

この期間中の言動で、「その人自身が見えた」と思っていたけれど、ユンギは結局とてつもなく繊細で、優しくて、誠実な人だと思う。

 

 

そんな彼を敬愛しながら、「Daechwita(대취타/大吹打)」の歌詞をよんだ。

彼はBTSの活動がずっと上昇していくなかで(今はよくわからないけれど)もう天井についてしまっている、と感じているらしい。そして「着地の方法」をずっと考えている。

クリエイティブは孤独だ。昇れば昇るほど、降りてしまう自分が怖くなる。

昇れば昇るほど、伝わらないことも増えていく。

でも、不思議とユンギには、闇はみえても、人としての孤独の匂いみたいを私は感じなかったのは、何故なんだろう?とずっと気になっていた。

 

「tear」の意味を、最近知った。なるほど、と思った。

直感みたいに考えていて、否定したかったことがある。「解散」を考えていたのは、ジンくんじゃないんだろうか?

責任感が強くて聡明で優しい彼は、絶望のその先にある「達観」みたいな(表現しきれなくて陳腐だが)ものを、見つめているんじゃないか。

 

 

 

完全に「やられた」感がある。今日も「Daechwita(대취타/大吹打)」を鬼のようにリピートしている。

 

自粛中に「クソじゃね!?」と叫びたくなるようなことがあった。それはもう理不尽な言葉をかけられたときに。

でもずっと「良い人」でいなきゃいけなかった。特にこんな時期だからこそ。

私は悶々と待っていたのかもしれない。ユンギの音楽を。彼の言葉を。痛快だ。爽快だ。聴いていてとても気持ちがいい。

 

 

ずっと北米ツアーのチケットを払い戻しするか迷っていた。

最高なクリエイティブは、誰かのクリエイティブも刺激してくれる、らしい。今、どうしても書きたくなっては、書き綴ってしまっている。起承転結も考えず、一筆書きみたいに。

そんな私は、たぶんどこかで、答えをわかっているんだろう。

 

絶望を知る君たちは、誰かに何かを伝えたくなるくらいに、やっぱり愛おしい。